《にへづくゑ》に贄を捧げる時、深い感動と興奮とを覚えて来るのである。然るにさう云ふ感じが時の立つに連れて次第に鈍くなつた。今度は例の悪い日が来て、精神の抑圧に逢つて、ふと此贄を捧げる時の感動と興奮とが、いつか消え失せてしまふだらうと思つた。果して暫くするうちに、尊《たつと》い儀式をする時の感じが次第に弱くなつた末に、とう/\只の習慣で贄を捧げてしまふやうになつた。
 僧院に入《い》つてから七年目になつた時である。セルギウスは万事に付けて退屈を覚えて来た。学ぶだけの事は皆学んでしまつた。達せられるだけの境界には総て達してしまつた。もう何もして見る事がなくなつたのである。
 その代りにステパンは世間を脱離したと云ふ感じが次第に強くなつた。丁度その頃母の死んだ訃音《ふいん》と、マリイが人と結婚した通知とに接したが、ステパンはそれにも動かされなかつた。只内生活に関してのみ注意し、又利害を感じてゐるのである。
 院僧になつてから四年立つた時、当宗の管長から、度々優遇せられたことがある。そのうち長老からこんな噂を聞かせられた。それは若し上役に昇進させられるやうな事があつても辞退してはならぬと云ふ
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