ヤ文句を唱へてゐる。その癖只口で唱へるだけで、霊は余所《よそ》に逸《そ》れてゐる。そんな時が一日か二日かあつて、そのうち自然に過ぎ去つてしまふ。その一日か二日がステパンが為めには恐ろしくてならない。なぜと云ふに自分の意志の下にも立たず、神の威力の下にも立つてゐず、何物とも知れぬ不思議な威力が自分を支配してゐるらしく思はれるからである。さてさう云ふ日にはどうしようかと、自分で考へて見たり、又長老に意見を問うて見たりしたが、詰り長老の指図に従つて専ら自分で自分を制して、別に何事をも行はず、時の過ぎ去るのを待つてゐるより外ない。そんな時にはステパンは自分の意志に従つて生活せずに、長老の意思に従つて生活するやうに思つてゐる。そしてそこに慰安を得てゐるのである。
先づこんな工合で、ステパンは最初に身を投じた僧院に七年間ゐた。その間で、第三年の末に院僧の列に加へられて、セルギウスと云ふ法号を貰つた。此時の儀式がセルギウスの為めには、内生活の上の重大な出来事として感ぜられた。それまでにもセルギウスは聖餐を戴く度に慰安を得て心が清くなる様に思つたが、今院僧になつて自分で神に仕へる事になつて見ると、贄
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