守らずにゐても好いものとして、中心に不品行を呪はずにゐて、その癖天上にあるやうな純潔を保つてゐる、理想的の女を妻にしようとしてゐたのである。そしてさう云ふ紳士は自分のゐる社会の処女を、悉《こと/″\》くその天上にあるやうな純潔を保つてゐるものだと極めてゐて、その積りで取扱つてゐたのである。そんな紳士は今は亡い。ところがステパンはその紳士の一人であつた。
 男子と云ふものゝ平気でしてゐる穢《けが》れた行跡の事を思へば、かう云ふ観念には数多《あまた》の誤謬と顛倒とを含んでゐる。此観念は今日の男子が頭から処女を牝として取扱ふのとは非常に相違してゐる。併し作者の考ではこの観念は娘や人妻の為めには利益であつた。さう云ふ天使扱をせられると、娘も多少神々しくならうとして努力するわけである。
 ステパンはさう云ふ道徳的観念を持つてゐた紳士の一人であるから、結婚の約束をしたマリイをもその目で見てゐる。けふはステパンがいつもよりも深く溺れたやうな心持になつてゐて、その癖少しも官能的発動は萌《きざ》してゐない。只如何にも感動したやうな態度で、仰ぎ視るべくして迫り近づくべからざるものゝやうに、娘の姿を眺めて
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