_にたよることになつたのである。
二
ステパンが僧院に入《い》つたのは、ロシアでポクロフと云ふ聖母の恩赦の日である。此日にステパンは平生自分を凌いでゐた人々の上に超絶した僧侶生活に入つたのである。
僧院の長老は上品な老人で、貴族と学者と文士とを兼ねてゐた。長老はルメニアから起つた寺院の組合に属してゐて、此組合は宗門の師匠に対して絶対の服従をしてゐるのである。
此長老の師匠は名高いアンブロジウスである。アンブロジウスの師匠はマカリウスである。マカリウスの師匠はレオニダスである。レオニダスの師匠はパイジウス・ヱリチユコウスキイである。
ステパンは此長老の徒弟になつた。併しこゝでもステパンは人に傲《おご》る癖を出さずにはゐられなかつた。僧院内では誰よりもえらいと思つたのである。それからどんな場所で働く時にもさうであつたが、ステパンはこゝでも自分の内生活を出来るだけ完全にしようと企てゝ、さてその目的に向いて進む努力に面白みを感じてゐるやうになつた。
前にも話した通に、ステパンは聯隊にゐた時、模範的士官であつた。そしてそれに満足しないで、何か任務を命ぜられると、それを十二分に遂行せずには置かなかつた。詰り軍隊に於ける実務の能力に、ステパンは新しいレコオドを作つたのである。さて今僧院に入つたところで、ステパンはこゝでも同じやうに成功しようと思つた。そこでいつも勉強する。慎深くする。謙遜する。柔和に振舞ふ。行為の上では勿論、思想の上でも色慾を制する。それから何事に依らず服従する。
中にもこの服従と云ふものが、ステパンの為めには、僧院内の生活を余程|容易《たやす》くしてくれる媒《なかだち》になつた。宮城のある都に近い僧院で、参詣する人の数も多いのだから、ステパンがさせられる用向にも、随分迷惑千万な事が少くない。さう云ふ時にステパンは何事にも服従しなくてはならぬと云ふ立場からその用向を辨ずることにしてゐる。宝物の番人をさせられても、唱歌の群に加へられても、客僧を泊らせる宿舎の帳面附をさせられても、ステパンは己は何事に付けても文句を言ふべき身の上ではない、服従しなくてはならないのだと、自分で自分を戒めて働いてゐる。それから何事に付けても懐疑の心が起りさうになると、これも師匠と定めた長老に対する服従と云ふところから防ぎ止めてしまふ。若しこの服従と云ふことがなかつ
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