などは、むろん事実としては何の根拠もないことなのでしょうけれど、しかし、その土地に史話だとか、伝説などが絡《から》んでいるということは、なんとなく物ゆかしくて、いいものです。

 私はことに謡曲が好きなものですから、この鼓が浦にこうした伝説のあるということを、何よりも嬉しいと思っているのです。

     ○

 去年の春の帝展には、あの不出品騒ぎで、私も制作半ばで筆を擱《お》いてしまっていますが、すでに四分通りは出来ているのですから、今度の文展にはぜひこれを完成して出品したいと思っています。図は文金高髷《ぶんきんたかまげ》の現代風のお嬢さんが、長い袖の衣裳で仕舞をしているところを描写したものです。私の考えでは、その仕舞というものの、しっとりと落ちついた態勢を十分に出したいと期して筆を執ったもので、舞踊とか西洋風のダンスなどの、あの華やかな姿勢に傾かぬように注意したものです。

 仕舞というものは、とても沈着なものでして、些《すこ》しの騒がしさなど混じっていないところに、その真価も特色もあるのですが、それでいて、その底には、張りきった生き生きとした活気が蔵されているものです。私はそこを
前へ 次へ
全5ページ中3ページ目


小説の先頭へ
文字数選び直し
上村 松園 の一覧に戻る
作家の選択に戻る
◆作家・作品検索◆
トップページ 登録 ご利用方法 ログイン
携帯用掲示板レンタル
携帯キャッシング