熱のごとき女の愛情を、一本の砧にたくしてタンタンタンと都に響けとそれを擣つところ、そこに尊い日本女性の優しい姿を見ることが出来るのではないでしょうか。
 口に言えぬ内に燃え上る愛の炎……その炎を抱いているだけに、タンタンタンと擣《う》つ砧の音は哀々切々たるものがあったであろうと思います。

 私の「砧」の絵は、いま正に座を起って、夕霧がしつらえてくれた砧の座へ着こうとする、妻の端麗な姿をとらえたものであります。
 昭和十三年の文展出品作で「草紙洗小町」の次に描いたものです。

 謡曲には時代はハッキリ明示してありませんが、私は元禄時代の風俗にして砧のヒロインを描きました。
 砧|擣《う》つ炎の情を内面にひそめている女を表現するには元禄の女のほうがいいと思ったからであります。



底本:「青眉抄・青眉抄拾遺」講談社
   1976(昭和51)年11月10日初版発行
   1977(昭和52)年5月31日第2刷
入力:川山隆
校正:鈴木厚司
2008年4月5日作成
青空文庫作成ファイル:
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