北穂天狗の思い出
上村松園
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【テキスト中に現れる記号について】
《》:ルビ
(例)荻邨《てきそん》
|:ルビの付く文字列の始まりを特定する記号
(例)宇田|荻邨《てきそん》
[#]:入力者注 主に外字の説明や、傍点の位置の指定
(例)[#地付き](昭和十年)
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懐しまれるのは去年の六月信州北穂の天狗の湯へ旅をしたときの思い出である。
立夏過ぎ一日二日、一行は松篁はじめ数人、私は足が弱いので山腹から馬の背をかりることにした。馬の背の片側にお炬燵のやぐらを結えつけ座蒲団を敷いて私がはいり、一方には重さの調節をとるようにいろいろの荷物をつけている、自分ながら一寸ほほえましい古雅な図である。馬子もちょっと風変りな男であった。馬はゆっくり落葉松や白樺の林の間をぬって進む。思いなしかわざと意地悪く道の端を歩くかのように、足どりにつれてグラリと揺られる私の身体は、何時も熊笹の生い上った深い山の傾斜の上につき出されているのでヒヤヒヤさせられた。ここかしこに山桜や山吹が咲きこぼれ、鶯の声や啄木鳥のくちばしの音が澄んできこえる。馬子は時々思いついたように馬を追いたてながらのんびりし
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