あのとき親類の言うとおりにしていたら、私など今ごろ、このようにして絵三昧の境地にいられたかどうか判らない。
一家の危機にのぞんで、断乎とした勇気をしめした母の強い意志と、私たちに対するふかい愛情こそ、尊い「母の姿」であると、私はいつも母の健気な姿を憶うて感謝している。
葉茶屋をしていた私の店には、お茶を乾燥させるための大きなほいろ[#「ほいろ」に傍点]場があった。
お茶がしめるといけないので、折々ほいろ[#「ほいろ」に傍点]にかけてお茶を乾燥させるのであるが、この火かげんがなかなかむつかしかった。
子供のころ夜中にふと目をさますと、店先でコトコト音がして、母が夜中に起きてほいろ[#「ほいろ」に傍点]をかけている容子が聞えるのであった。
プゥ……ンと香ばしい匂いが寝間にまでただよって来て、私はその匂いを嗅ぎながらふたたびうとうとと睡りにおちたものである。
ぱらばら、ぱらぱらと、しめったお茶を焙じている音を、何か木の葉でも降る音にききながら……
私の十九のとき、隣りから火が出て私の家も丸焼けとなってしまった。
何ひとつ運び出すひまもなく類焼の災にあってしまったのである
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