かも知れない。
南京にて
十三日。南京に着いて宿舎に憩《いこ》う暇もなく汪精衛主席に会う都合がついたからと公館に挨拶に出かけることになった。
此処も数限りない菊の真っ盛りであった。大きな亀甲模様の床、深々とした椅子、その大広間にも菊の鉢がずらりと並んでいた。
汪主席はかねて美術に理解のある方だと聞き知っていたが、眼にとまるところに砂子地に鶴を描いた六曲屏風が据えられていた。いずれは日本の知名の方の贈物かも知れない。日本画の筆になった新しい絵のようであった。或は知っている作家かとも思うが、少し遠いので落款《らっかん》をはっきり見ることが出来なかった。
物静かな、大柄な、青年のような汪主席はいまは日本にとっては多く親しまれた風貌であろう。部屋には新聞社の写真班の方々もどやどやと見えていた。お話は通訳を通してのことであるが、汪主席は始終にこにこと微笑を浮べていられる。黒っぽい背広に、地味なネクタイ、角刈の頭といった、何処までも品のよい落着きを身につけている方であった。これが常に支那のために身を挺して闘って来た人であるという激しさはどうにも汲みとれない静かさである。
私
前へ
次へ
全14ページ中7ページ目
小説の先頭へ
文字数選び直し
上村 松園 の一覧に戻る
作家の選択に戻る
◆作家・作品検索◆
トップページ
登録
ご利用方法
ログイン
携帯用掲示板レンタル
携帯キャッシング