にもなり、順序が誠に具合よくいきまして気持ちもちいんとしずかに落ちつき、そして具合よく迅速に、その上気持ちよく仕事が終るわけでございます。
これと申しますのも、或は火事にあいまして、火の怖さを知り、火の大事さを覚え、それがいつか火を七輪におこしますとき私に火を丁重に扱わせたのでございましょうが、それからというもの、私は何事によらず、凡てを七輪の場合のように致しまして、随分とそれまでの無駄なことをせずにすますことができた次第でございます。
このことは、絵を描く上にも、そのままあてはまるもののようでございます。何ということなし雑然とかかりましては、あれやこれやと騒ぎたちあわてるばかりで、失敗も多いわけになるわけでございますが、その始め、順序に要るものを並べ、大体の手順を決めてからかかりますと、まことに具合よくするすると絵も思う存分に描けますし、筆も大体の手順が決っていますと、すぱすぱすぱすぱと大胆に走りまして少しも渋滞したりちびたりするところなく、その上きわめて速やかに仕事も綺麗に仕上がると申しますもの、随って出来ましたものも一入活きてくるようでございます。まことに何かと我身にひいてのみ申したようでございますし、増して、言わずもがなの極めてやさしいそして極めて些細なことでお笑草になることとは存じますが、何事によらず近頃のことを見るにつけ聞くにつけ、やはりその始め充分な用意と順序がなく、ただ一時の思いつきとか感情とかで始めたからのことではないかと思いますにつれ、こうしたことも、近頃一入感じている次第でございます。
誠に順序といったものは一見ばかばかしい程たやすいもののようでございますが、やってみますと、なかなかのことで、私にそうしたことを身にしみて覚えさせてくれました火事の日の夜や、嫁ぎました姉、この姉も一昨年はやこの世を去りましたが、輝かしい二千六百年を迎えます今、丁度五十年前の昔を、尊くも、今ここに考えだしている次第でございます。
[#地付き](昭和十五年)
底本:「青帛の仙女」同朋舎出版
1996(平成8)年4月5日第1版第1刷発行
初出:「美術殿」
1940(昭和15)年1月号
入力:川山隆
校正:鈴木厚司
2009年6月11日作成
青空文庫作成ファイル:
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