子して暮しましたが、結局どもならんしで、丁度、高倉の蛸薬師下るに家がありましたので、そちらへ宿がえすることになったわけでした。
 従来、私どもの家はお茶々を商うのが家の業いでございまして、蛸薬師下るの方へ移りましても矢張お茶々の商売をいたしました。火事でただ一つ焼け残ったお茶々の壺を抱いて移転したわけです。
 その年の暮、ただ一人の私の姉は嫁ぐことになりまして、何かとそれまで我儘に暮しました私は、母と二人きりになったのでした。なにしろ母もまだ若く、私も二十にならぬころのことでございますし、その上、さきの四条通とはちがいまして、夜になると早々店を閉めるといった極めて静かな場所、それに昨日までいた姉もいず、随分と心細い思いをしたことを今も覚えています。それに母と二人のことで手は足らず、朝起きると表を開け、戸をくり掃除をし、台所へ行って七輪に火をおこしてお茶を湧かすといった順序で、姉がした分も何かと加わってきたわけでございました。始めの間は、何だかどっと一度にたてこんできたように思われ、そのなかであわてたものでございましたが、その時、私は何でも始めの用意をきちんと整えておかんことには、後前が狂って、せないでもいいあわてかたをやるのだと気づいたのでした。
 それからは、火を七輪に起こしますにも、まずさきにカラニシをしき、しいたら柴をきちっと揃えておき、揃えたら炭をちゃんと側へおき、それからスリギをすって硫黄につけてカラニシにつけるように、始めからちいんとそれらのもの一切を揃えてからかかることにしたのでした。
 カラニシと申しますのは、前夜の火の残りを火消壺に入れて消しました極めて軽い、炭のことでして、すぐ火になるものでございます。それだけにすぐ灰にもなりやすいものでございますが、火になると同時にその上に、かた炭を工合よくおきますと、極めて速やかにおきますし、随って手間どらず何の雑作もなく茶も早く、ちいんとわきます。それを何の順序も用意もなくしますと、やれスリギだ、やれかた炭だ、やれ薬罐《やかん》だとその度に立ち動いている間に、カラニシはもとの灰となって、又もとの始めからやり直さねばならぬといった始末、私もそれと気づくまでは、随分とそうしたことを繰り返したものでございました。
 全く、何事によらず、その順序を逆えずに要るものを最初に順に並べて置いてものごとをいたしますと、経済
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