い不抜の境地をつくってくれている。
私はその中で花のうてなに坐る思いで――今安らかに絵三昧の生活に耽っている。
もう十七、八年も前のことである。
ある日、私の家の玄関先へ、一人の男があらわれて曰く、
「これは米粒ですが」
と、いって、一粒の米を紙片にのせてさし出した。
ちょうど、私と私の母が玄関にいたところであったので、妙なことを言い出す男だなと、米粒とくだんの男の顔を見守っていると、
「米粒は米粒ですが、ただの米粒と米粒が違う――これは」
と、米粒を私の目の前につきつけるようにして、
「この米粒には、いろは四十八文字が描かれてあるのです」
と、いう。
見たところ、いやに汚れた黒い米粒で、私たちの目には、いろは四十八文字どころか、いろはのいの字も読めなかった。
「へえ……これにいろはを……?」
私と母は呆れたような顔をした。すると米粒の男は、
「ただの目では、もちろん判りませんが、この虫眼鏡で覗くとわかるのです」
そう言って、ふところから、大きな虫眼鏡をとり出した。
私と母は、その虫眼鏡で、くだんの米粒を拡大した。
なるほど、米粒の男の言うとおり、全くのほそい
前へ
次へ
全16ページ中13ページ目
小説の先頭へ
文字数選び直し
上村 松園 の一覧に戻る
作家の選択に戻る
◆作家・作品検索◆
トップページ
登録
ご利用方法
ログイン
携帯用掲示板レンタル
携帯キャッシング