な枝垂桜《しだれざくら》があります。向うから坊さんが一人、ひょろりと出てくるといったような風情は、なんともいえない幽静な趣きでした。

 この花の寺の後ろに小塩山という山がありますが、これが謡にある「小塩」です。その謡の文句によりますと、昔花に修行の僧侶があって、この花の寺を訪ずれますと、花の精が出てきて、いろいろと由来を説くという筋になっておるのですが、実際の花の寺も、そんな由来《ゆらい》や伝説の発生地にふさわしい古雅なおちついた境地でして、そのままに謡の中の修行僧が出て来ても、一向不思議はないくらいの静けさを見せております。
 このくらい[#「このくらい」は底本では「このくら」]京を離れて、このくらい寂然としておりますと、もう俗人などはあまり寄りつきません。人がいてもほんの五人か十人、村の人が三人か五人、そこらに二、三脚のベンチが据えられてあるだけで幽趣この上もないのでした。
 私はつい二、三日前そこにまいりまして、ことしこそ、ほんとうの花見をしたような気分になったわけでした。



底本:「青眉抄・青眉抄拾遺」講談社
   1976(昭和51)年11月10日初版発行
   197
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