えたのでしょう。「あの向うに見える家は、東京の大観先生の別荘です」などと教えてくれました。
この男は土地の百姓には違いないのですが、かなり有福に暮らしていて、何も馬方などをしなくても生活してゆける身分だそうですが、生活《くらし》は有福だからとて、遊んでいるのも詰らないという気持ちから、こうして馬の口を取って、時には旅人相手に働いているのだそうでした。
そういう人物でしたから、馬上の俄旅人の私も、お陰で退屈なしに山上の天狗の湯まで辿りつくことができました。私を乗せてくれた馬は、ひどく温順な馬でして、馬上初めての私も、何の危なげもなく悠然と乗っていたわけです。馬の背の鞍の両側に、旅人の納まる櫓《やぐら》が二つあって、片一方に一人ずつ、つまり二人が定法なのですが、乗るのが私一人なのですから、片一方にはいろいろの荷物を積んで、重さの平均をとったわけです。ゆらりゆらり揺られながら、信州の山路を登ってゆく気持ちは、なんとも言えませんでした。
○
山は、白樺の林です。なんとも言えない静かな上品さがあるもので、朝の気がその上に立ち罩《こ》めて、早晨《そうしん》の日の光が射しとお
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