《のりあい》で出ました。するとまだ朝の気が立《た》ち罩《こ》めている間に、早くも発甫へ着いたので案外その近いのに驚いたくらいですが、それでも都離れのした山麓の田舎で、いい気持ちの土地であることが感じられました。

 その発甫には二、三ヵ所の温泉地が散在していて、これを一たいに総称して発甫といっているようです。しかし私どもの志したのは、この山麓の温泉地ではなくて、更に山の上の「天狗の湯」と称《よ》ばれる温泉なのでした。「天狗の湯」はその名の如く、むかし天狗が栖《す》んでいたところなのでしょう、とても幽邃《ゆうすい》の境地だというのです。すでにこの山麓の温泉地でさえ、塵に遠い静寂な土地であるのに、この上幽邃といっては、どんな処だろうと、私は胸をおどらしながら、馬上の旅人になったのでした。

     ○

 ところが、この馬の手綱をとってくれた男が、不思議と画の談《はなし》のできる人物で、すでに私の名前なども知っていまして、京都や東京の先生方の名なども、誰彼と言ってはいろいろ話をするのでした。発甫は前にも言った通り、画家や文士の方などが、ちょいちょいやって来る関係上、この男も自然とそれを覚
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