山の湯の旅
――発甫温泉のおもいで――
上村松園

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【テキスト中に現れる記号について】

《》:ルビ
(例)発甫《はっぽ》
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 信州に発甫《はっぽ》という珍らしい地名の温泉地があります。絵を描く人々や、文士などの間には相当知られているようですが、一般にはまだ知れ渡ってはいないようです。それというのも、一つは土地が草深く里離れがしていて、辺鄙《へんぴ》なために少々淋しすぎるのと、もう一つは交通の便もあまりよくはないことと、それから温泉地としてみましても、新規な設備なども整っていないことが、しぜん都会人を呼びえない原因なのでしょう。
 一昨年、松篁がそのところにいって、幾日か滞在して、写生か何かをやったり、山登りをしたりして遊んできましたが「とても静かな土地で、土地の人も醇朴でいい温泉地ですから、お母《か》アさんも一度いって見ませんか」といいますので、私も誘われて、ちょうど昨年の六月七日に京都を発《た》って、その発甫へいって見ました。

 この時の一行は、私と松篁の外に、松篁のお友達が二、三人加わっていました。
 夜汽車で京都を出まして、夜の引明け頃松本から乗合
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