三人の師
上村松園

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【テキスト中に現れる記号について】

《》:ルビ
(例)反古《ほご》

|:ルビの付く文字列の始まりを特定する記号
(例)筆一|途《すじ》

[#]:入力者注 主に外字の説明や、傍点の位置の指定
   (数字は、JIS X 0213の面区点番号、または底本のページと行数)
(例)谷口香※[#「山+喬」、第3水準1−47−89]
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        鈴木松年先生

 私にとっては鈴木松年先生は一番最初の師であり、よちよちあるきの幼時から手をとって教えられ一人あるきが出来るようにまで育てあげられた、いわば育ての親とも言うべき大切な師なのである。
 松年先生の画風というのは四条派のしっかりしたたちで、筆などもしゃこっ[#「しゃこっ」に傍点]とした質のもので狸の毛を用いたのをよくお使いになっていられた。

 先生は決して刷毛を使われなかった。刷毛のような細工ものは芸術家の使うものではない、画家はすべからく筆だけによるべきである――と言われて、普通刷毛を必要とするところは筆を三本も四本もならべて握りそれで刷毛の用をなされたのである。
 雄渾な筆致で、お描きになっていられるところを拝見していると、こちらの手先にまで力がはいるくらいに荒いお仕事ぶりであった。筆に力がはいりすぎて途中で紙が破れたことなども時々あった。

 私はよく先生の絵の墨をすらされたものである。
 先生の画風が荒っぽいものなので、自然お弟子たちも荒々しくなる。それで墨をすらしても荒々しいすりかたをするのでキメが荒れてなめらかな墨汁が出来ない。
「墨すりは女にかぎる」
 先生はそう言って墨だけは女の弟子にすらすことにされていたのである。

 先生の画室には低い大きな机があって、その上へいつもれんおち[#「れんおち」に傍点]の唐紙を数枚かさねて置いてある。
 先生はそこへ坐られると、上の一枚に下部から一気呵成に岩や木や水や雲といったものをどんどんと描いていかれる。
 水を刷いたりどぼどぼに墨をつけた筆をべたべたと掻き廻されるものであるから瞬く間に一枚の紙がべたべたになってしまう。
 そうすると先生はその上へ反古《ほご》を置いてぐるぐると巻いて側へ放り出される。
 次の紙にまた別の趣向の絵をどんどん描いていかれる。すぐに紙がべたべたになる。前と同じように反古に巻いて放り出す。
 一日に
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