「焔」は私の数多くある絵のうち、たった一枚の凄艶な絵であります。
 中年女の嫉妬の炎――一念がもえ上って炎のようにやけつく形相を描いたものであります。

 謡曲「葵の上」には六条御息女の生き霊が出て来ますが、あれからヒントを得て描いたもので、最初は「生き霊」と題名をつけましたが、少し露わすぎるので、何かいい題はないかと思案の末、謡曲の師の金剛巌先生に相談したところ、「『生き霊』のことを『いきすだま』とも言うが、しかし『いきすだま』とつけても生き霊と同じい響きを持つから――いっそう焔とつけては」
 と仰言いましたので、焔という字は如何にも絵柄にぴったりするので、私はそれに決めた訳です。

 葵の上は光源氏の時代を取材したものですが、私はそれを桃山風の扮装にしました。

 思いつめるということが、よい方面に向えば勢い熱情となり立派な仕事を成し遂げるのですが、ひとつあやまてば、人をのろう怨霊の化身となる――女の一念もゆき方によっては非常によい結果と、その反対の悪い結果を来たすものであります。
 どうして、このような凄艶な絵をかいたか私自身でもあとで不思議に思ったくらいですが、あの頃は私
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