ものですから、これと言って、まとまったお話もうかがった事もありませんでしたし、ゆっくりおめにかかるというような機会もありませんでしたが、その頃、お若い内から春挙さんは、すっくりした、いかにも書生肌の大変話ずきの人でした。毒のない安心して物の言えるいい人であったという事は、私にも言えます。
 私の若い時分は、今のように、文展とか、帝展とかといった、ああいう公開の展覧会というものが、そんなに沢山ありませんでしたので、文展時代の作品については、はっきりとした記憶がまだ残っています。春挙さんの〈塩原の奥〉とか、〈雪中の松〉とかは、いまだにはっきりとした印象を残しています。
 青年絵画共進会の、海辺に童子がはだかでいる絵は、その筆力なり、裸体の表現などが、当時の私共には、大変物珍しく、そして新しいもののように感ぜられたのでした。取材表現のみならず、色彩に於いても、新しい感覚に依っていたものでありました。
 おなくなりになる少し前の事でした。電車で、所用があって外出しましたとき、ふとみると、私の座席の向こう側に春挙さんが偶然にも乗り合わせていられました。その時ちょうど私の方の側が陽が照って来ました
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