そうあってこそ然るべきだという気がします。大分昔の話ですが栖鳳先生のお池のお宅がまだ改築されない頃、一週間に一度ずつ先生はお午頃から高島屋へ行かれまして夕頃か夜に入って帰られるのです。その頃塾にいて耳を澄ましていますとカランコロンと足駄の音がします。引き擦るでもなし踏み締めるでもなし、カランコロンと石だたみの上で鳴る足駄の音で、先生の歩き方には一種独特の調子がありました。跫音を聞いただけで塾生達は皆先生のお帰りと知った程でした。ところがもう先刻先生はお帰りになった筈だと思うのに又してもカランコロンと跫音がして、それが又先生の跫音に何とも言えずよく似てるのです。オヤ、あの跫音は? とうっかりしてると先生の跫音と間違えさせられることがある程なのです。それは外出先きから帰って来られた塾の人の跫音だったのです。塾の先輩の誰彼となると、それこそ跫音まで先生に似てる、ということを感じたことがありますが、跫音が似てると申しますのは歩きつきが似てるからで、引き擦るでもない踏み締めるでもない栖鳳先生独特の歩きつきが、いつの間にか弟子に感染してるのです。歩きつきばかりでなく、坐られた時肩の落ちた容子だとか
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