な作品は、生まれて来ないだろうと考えます。

 画は、楽しみを要求します。楽しんで作らないでは、その画は畢竟《ひっきょう》、その作家の期待を裏切るに相違ありません。
 と言って画は、楽しみのみでは決して出来ないでしょう。制作は、苦しみの中に強く楽しみを捜《さが》しています。

     三

 画を作ることは、実際苦しいことです。ですけれど、作家としては、その苦しみを楽しむのでなくしては、いけないと思います。苦しみを楽しむというのは、甚だ矛盾しているようですが、決してそうではありません。

 この制作の苦しみは、作家には決して単なる苦しみではない筈です。その苦しみは、やがてその作家にとって、無上の楽しみである筈です。この意味において、畢竟作家がある作品を制作するのには、心境に無上の楽土を現顕し得るようでないといけないと思います。
 作家が制作に没頭している時、そこには無我の楽土が広がっていて、神《しん》澄み、心和やかにして、一片の俗情さえも、断じて自分を遮りえないという、こういう境地に辿りつかないでは、うそだと思います。

     四

 苦しみを苦しみと感じ、楽しみを楽しみと思うこ
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