て、右の作家の態度こそ、
「さすがは、一時代の大家となる人」
と思わせるものがあります。
でも、ずっと以前の作が箱書に廻り、それが拙い絵であったりすると、
「これはどうも……何しろ若描きも若描き、まだ世の中へ出ないときの作ですから」
と言って箱書をしない人があるときいています。
さきの文壇の某大家の言と較べて、これほど自らを冒涜する言葉はないと思います。
画家――大家となっている人でも、その昔は拙い絵をかいていたのに違いありません。
素晴しい、大成の域に達した絵をかくには、それ相当の苦労は必要であり、幾春秋の撓まない精進が要《い》る訳です。
生まれながらにして、完成された芸術を生むということはあり得ません。
してみれば、現在大家でも、そのむかし拙いもののあるのは当然のことで、少しも卑下するところはありません。
むしろ、その時代の幼稚な絵を大切にしてくれて箱書をもとめる人の気持ちを有難く受けとらねばなりますまい。
下手な時代は下手な時代なりに、一生懸命の努力をしている筈で、それはそれでいい筈です。
ことによると、大家となった現在よりも、火花を散らして描いたものか
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