旧作
上村松園

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【テキスト中に現れる記号について】

《》:ルビ
(例)精進が要《い》る
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 ある人が、こんなことを言っていました。
 先日文壇の大家の某氏にあったとき、談たまたま作品のことに及んだ折り、私はその作家の十五、六年前に問題になった小説のことを話題にして、
「こういう時局に、あの小説をお考え直しになると、あなたの作品中から抹殺したいお気持ちになりませんか」
 ときいたところ、その大家は、
「とんでもない。あの作品は私の全作品中どれよりもすぐれた作で、今でもあれを書いたことを誇りとしていますよ」
 と、こうぜんと言い放たれたそうです。
 その作品というのは、当時、自由華やかな時代の作風で、とても今の時局には読み難いものなのでした。

 しかし、その大家は、過去の作品だからと言って、自分の作を軽々には取り扱わず、却って、
「あれこそ、自分のもっとも会心の作」
 であると言い切ったところに、この大家の偉さがあるのではないでしょうか。
 ともすれば時局におもねって、
「あれはどうも……何しろ昔の作品ですからネ……」
 などと空うそぶいている便乗作家の多い現代の中にあっ
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