ねばならず、またその後少しく健康をそこない、かくしてついのびのびと相成り、いつしか永き歳月をかさね、あまりにも恐れ多く、たえず心痛をいたしておりました。
 この二、三年来、非常に健康になりましたので、今年は是が非でも上納申し上げねばと、心に定めました。そして永年延引のおわびには非常なる力作をお納め申し上げねば相すまぬと心に存じました。丁度三室戸伯爵からも、今年六月に皇太后陛下がお久し方振りに京都に行啓あらせられるから、その折りに間に合うようにというお話もありました。
 早春二月から、一切の頼まれものはお断わりし、雑事を排して、専心、上納画の下絵にとりかかりました。藤原時代の衣裳の考証に、ある時は写生に外へ出かけたりいたしました。四月には心に適《かな》った下絵ができ上がりましたので、いよいよ幅二尺、縦五尺六寸の絹に、雪の一幅からとりかかりました。
 毎朝、五時に起きまして、体を浄め、二階の画室の戸をすっかり開け放ちます。画室には朝の清浄な空気が充ち満ちます。そこでピタリと閉めて、終日仕事をいたしました。早朝は虫も木の葉の陰に止まって眠っており、塵、埃も静まっていますので、画室の中は、実に
前へ 次へ
全28ページ中4ページ目


小説の先頭へ
文字数選び直し
上村 松園 の一覧に戻る
作家の選択に戻る
◆作家・作品検索◆
トップページ 登録 ご利用方法 ログイン
携帯用掲示板レンタル
携帯キャッシング