来、毎年毎年春が回《めぐ》って来ると、今年こそは、上納の画に、専心かかろうと心に定めております。すると、あっちからも、こっちからも、以前から依頼されておりました催促が来ます。「父の代からお願いしたのに、今度は孫が嫁を貰おうとしていますから、是非それまでに一つ」というようなこともいわれますと、どうも断わりきれなくなりまして、まあそれだけ一つと描き始めます。
 私の画は、元来密画ですから、どんな小さいものでも、一気にサッと描けるものはありません。構想を練り、下絵を描き、はじめて筆をとるのですから、時日もかかります。また、私はどんな用向きの画でも、現在の自分の力を精一杯尽くして描かなくては、承知できない性《たち》ですので、いい加減に急ぎの頼まれものを、片づけてしまうというようなことがどうしてもできません。こうして、間に一つ仕事をはさみ込みますと、どうも気持ちが二つに割れて工合よくゆきません。気軽にかかれるものでしたら、さっさと、次の仕事に移れますが、上納の画こそは、永久御物として、御保存のごく名誉の御用画として我が精根を打ち籠めたいと思えば思うほど、そうは運びません。秋には展覧会に是非出品せ
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