ます。

     「花がたみ」

 花がたみは謡曲の「花がたみ」から取材したもので、大正四年、文展に出品したものでございます。狂女を描くのですから、本当の狂人をよく観たいものと思い、岩倉精神病院へ、二、三度見学にまいったものでした。院長に案内されて病棟を歩きますと、千差万別の狂態が見られました。夏のことで、私は薄い繻珍《しゅちん》の帯をしめておりましたが、繻珍の帯が光ったのか、一人の狂女が走りよって、
「奇麗な帯しめてはる」
 と、手を触れて見ておりました。一室には、もと、相当なお店のお内儀《かみ》さんだったという品のよい女がおりました。舞を舞うのが好きと見えて、始終、何やら舞うていると聞きましたので、私が、謡《うたい》をうたってみますと本当に舞いはじめました。男女さまざまな狂態を見まして、これは一種の天国だと思いました。挨拶、応答など、聞いておりますと、これでも狂人かしらと思われるほど常人と変わらない人も、目を見るとすぐ解りました。

     「母子」

 祇園祭りの時でしたでしょうか、ずっとずっと昔のことです。中京の大きなお店に、美しい、はん竹の簾《すだれ》がかかっておりました
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