まして、すぐ身を浄め、画室の障子をからっと明け放します。午前五時といいますと、夜色がやっと明け放れまして早晨《そうしん》の爽気《そうき》が漂うております。鳥の声が近く聞こえますが、虫などの類《たぐ》いはまだ出てまいりません。そして約三十分間障子を明け放したままにしておきまして、それからぴたりと締めてしまいます。そう致しますと、絶対に外面から虫も塵気《ちりけ》も侵して来ませんから、画室内は清浄を保つことができます。

 こうして私は、外の俗塵とは絶縁して、毎日朝から夕景まで、専心専念、御下命画の筆を執りました。画室内には一ぴきの蝿も蚊も飛ばず、絵の具皿の上には一点の塵もとどめませんのみならず、精神も清らかで、一点心を遮る何物もありません。こうして私は「雪月花」をやっと完成いたすことができました。

 まことにこの「雪月花図」こそは、乏しい私の一代の画業中に、一つの頂点を作り出した努力作であることを、断言いたし得るのを幸いに思います。

     花

 完成の「雪月花図」をお納めいたしますについて、これもまた非常に都合のよかったことは、ちょうどこのたび皇太后陛下には京都においで遊ばされ、
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