の作を完成しなくてはならぬと、それこそこの二十年間、一日たりとも疎《おろそ》かに放念していたことはありませんが、何分常に他の画債に逐《お》われ通しまして、もしかそういう作品にちょっとでも手を着けようものなら、忽ち精進一途の心が二つに割れまして、つい御下命作に筆を染めかねては、一日が一月になり、一月が一年になり、二年三年五年七年と、思わぬうちに歳月が流れさり、つい今日まで延び延びになりまして、一層|恐懼《きょうく》いたしておるしだいでございます。
 もっともその間には、幾度か焼炭をあて、下図をつくりましたが、そのつど俗事と俗情に妨げられまして、どうしても素志貫徹にいたらず、まことに残念に存じていますうちに、これまた幾たびかその下図が古びたり、または損じてしまったりいたしまして、さらに幾ども取りかえ引きかえして今日に及びましたしだいです。

     月

 で私は、いつまでもこれではならぬと考えまして、この春になりましてから、断然発奮いたしまして、ぜひ今度こそはと思い定め、あらゆる画の関係を断ち、一意専念に御下命画の「雪月花」完成に精進いたしたわけでした。

 私は毎朝五時には起床いたし
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