神速な、そして溌剌たる感激を彼にあたえた。
だが彼は帰りぎわに、大勢の観客《けんぶつ》といっしょに小舎を出ながら考えた。「こんな感激は、二三度はいいが、結局芝居や見世物と同じようにあきがくるだろう」と。
彼はまだ、自分のほんとうに求めているものが見つからなかったが、ふとこんなことを思いついた――精神集中といっても、人間の気力にはかぎりがある。自転車の力だっていわば比較的のものだし、軌道にしても、いかに完全に見えていたっていつかはだめになるはずだ――と。そこで、一度はきっと事故が起こるにちがいないという結論に彼は到達した。
この結論からおして、その起こるべき事故をみまもるという決心をするのは、きわめて手近い一歩なのだ。
「毎晩でかけよう」と彼は心にきめた。「あの曲乗りの男が頭蓋《あたま》をわるまで見にゆこう。そうだ、パリで興行中の三カ月間に事故が起こらなければ、おれはそれが起こるまでどこまでもおっかけていくんだ」
それから二カ月間というものは、一晩もかかさずに、同じ時刻にでかけていって、おなじがわの同じ座席にすわった。彼はけっして、この座席を変えなかったので、座方の方でもじきに彼
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