りの胸を、ありがたく思っていました。見よ、あくる日、運動場に出ずれば、蒼《あお》き鬼、黒い熊、さながら地獄、ここは、かの、どんぞこの、脳病院に非ずや。我もまた、一囚人、「ひとり!」と鍵の束《たば》持てるポマアドの悪臭たかき一看守に背押されて、昨夜あこがれ見しテニスコートに降り立ちぬ。

 銅貨のふくしゅう。……の暗躍。ただ、ただ、レッド・テエプにすぎざる責任、規約の槍玉にあげられた鼻のまるいキリスト。「温度表を見て下さい。二十日以降、注射一本、求めていません。私にも、責任の一半を持たせて下さい。注射しなけれあいいんでしょう?」「いいえ、保証人から全快[#「全快」に白丸傍点]までは、と厳格にたのまれてあります。」ただ、飼い放ち在るだけでは、金魚も月余の命、保たず。いつわりでよし、プライドを、自由を、青草原を!
 尚、ここに名を録すにも価せぬ……のその閨に於ける鼻たかだかの手柄話に就いては、私、一笑し去りて、余は、われより年若き、骨たくましきものに、世界歴史はじまりて、このかた、一筋に高く潔く直く燃えつぎたるこの光栄の炬火《たいまつ》を手渡す。心すべきは、きみ、ロヴェスピエルが瞳のみ。


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