私の瞳は、汚れてなかった。
享楽のための注射、一本、求めなかった。おめん! の声のみ盛大の二、三の剣術先生を避けたにすぎぬ。「水の火よりも勁《つよ》きを知れ。キリストの嫋々《じょうじょう》の威厳をこそ学べ。」
他は、なし。
天機は、もらすべからず。
(四日、亡父命日。)
五日。
逢うことの、いま、いつとせ、早かりせば、など。
六日。
「人の世のくらし。」
女学校かな? テニスコート。ポプラ。夕陽。サンタ・マリヤ。(ハアモニカ。)
「つかれた?」
「ああ。」
これが人の世のくらし。まちがいなし。
七日。
言わんか、「死屍《しし》に鞭打つ。」言わんか、「窮鳥を圧殺す。」
八日。
かりそめの、人のなさけの身にしみて、まなこ、うるむも、老いのはじめや。
九日。
窓外、庭の黒土をばさばさ這いずりまわっている醜き秋の蝶《ちょう》を見る。並はずれて、たくましきが故に、死なず在りぬる。はかなき態には非ず。
十日。
私が悪いのです。私こそ、すみません、を言えぬ男。私のアクが、そのまま素直に私へ又はねかえって来ただけのことです。
よき師よ
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