、もう一方の少年を激怒させた。
「切る。」
「よろしい。ゆるさぬ。」決闘の約束をしてしまった。
その約束の日、由良氏は家を出ようとして、冷雨《ひさめ》びしょびしょ。内へひきかえして、傘さして出かけた。申し合せたところは、上野の山である。途中、傘なくしてまちの家の軒下に雨宿りしている冠氏の姿を認めた。冠氏は、薄紅の山茶花《さざんか》の如く寒しげに、肩を小さく窄《すぼ》め、困惑の有様であった。
「おい。」と由良氏は声を掛けた。
冠氏は、きょろとして由良氏を見つけ、にっと笑った。由良氏も、すこし頬を染めた。
「行こう。」
「うむ。」冷雨の中を、ふたり並んで歩いた。
一つの傘に、ふたり、頭を寄せて、歩いていた。そうして、さだめの地点に行きついた。
「用意は?」
「できている。」
すなわち刀を抜いて、向き合って、ふたり同時にぷっと噴き出した。切り結んで、冠氏が負けた。由良氏は、冠氏の息の根を止めたのである。
刀の血を、上野の池で洗って清めた。
「遺恨は遺恨だ。武士の意地。約束は曲げられぬ。」
その日より、人呼んで、不忍《しのばず》の池。味気ない世の中である。
ち[#「ち」はゴシッ
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