がり込んだ。
 あの夜のことを、私は忘れぬ。死のうと思っていた。しかたが無いのである。酔いどれて、マントも脱がずにぶったおれて、
「やい、むかしの名妓というものは、」女は傍で笑っていた。「どんな奴《やつ》にでも、なんでもなく身をまかせたんだ。水みたいに、のれんみたいに、そのまま身をまかせるんだ。そうしてモナ・リザみたいに少し唇ゆがめて、静かにしていると、お客は狂っちゃうんだ、田地田畑《でんじでんばた》売りはらうんだ。いいかい、そこんところは大事だぞ。むかしから名妓とうたわれているひとは、みんな、そうだった。むやみに、指輪なんかねだっちゃいけないんだ。いつまでも、だまって足りなそうにしているんだ。芸は売っても、からだは売らぬなんて、操《みさお》を固くしている人は、そこは女だ、やっぱりからだをまかせると、それっきりお客がつかず、どうしたって名妓には、なれないんだ。」ひどい話である。サタンの美学、名妓論の一端とでも言うのか。めちゃ苦茶のこと吐鳴《どな》り散らして、眠りこけた。
 ふと眼をさますと、部屋は、まっくら。頭をもたげると枕もとに、真白い角封筒が一通きちんと置かれてあった。なぜかしら、
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