すぐに届けさせてくれよ。お祭が面白くないから、此所で死ぬほど飲むんだ。」
「へえ。」と剽軽《ひょうきん》に返事して、老人はそそくさ着物を着込んで、消えるように居なくなってしまいました。佐吉さんは急に大声出して笑い、
「江島のお父さんですよ。江島を可愛くって仕様が無いんですよ。へえ、と言いましたね。」
 やがてビイルが届き、様々の料理も来て、私達は何だか意味のわからない歌を合唱したように覚えて居ます。夕靄《ゆうもや》につつまれた、眼前の狩野川は満々と水を湛《たた》え、岸の青葉を嘗《な》めてゆるゆると流れて居ました。おそろしい程深い蒼い川で、ライン川とはこんなのではないかしら、と私は頗《すこぶ》る唐突ながら、そう思いました。ビイルが無くなってしまったので、私達は又、三島の町へ引返して来ました。随分遠い道のりだったので、私は歩きながら、何度も何度も、こくりと居眠りしました。あわててしぶい眼を開くと蛍がすいと額《ひたい》を横ぎります。佐吉さんの家へ辿り着いたら、佐吉さんの家には沼津の実家のお母さんがやって来て居ました。私は御免蒙って二階へ上り、蚊帳《かや》を三角に釣って寝てしまいました。言い争
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