太宰治

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【テキスト中に現れる記号について】

《》:ルビ
(例)撰《えら》ばれて

|:ルビの付く文字列の始まりを特定する記号
(例)一生|鉄漿《かね》を

[#]:入力者注 主に外字の説明や、傍点の位置の指定
(例)[#ここから5字下げ]
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撰《えら》ばれてあることの
恍惚《こうこつ》と不安と
二つわれにあり
         ヴェルレエヌ
[#ここで字下げ終わり]

 死のうと思っていた。ことしの正月、よそから着物を一反もらった。お年玉としてである。着物の布地は麻であった。鼠色のこまかい縞目《しまめ》が織りこめられていた。これは夏に着る着物であろう。夏まで生きていようと思った。

 ノラもまた考えた。廊下へ出てうしろの扉をばたんとしめたときに考えた。帰ろうかしら。

 私がわるいことをしないで帰ったら、妻は笑顔をもって迎えた。

 その日その日を引きずられて暮しているだけであった。下宿屋で、たった独りして酒を飲み、独りで酔い、そうしてこそこそ蒲団《ふとん》を延べて寝る夜はことにつらかった。夢をさえ見なかった。疲れ切っていた。何をするにも物憂
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