しな幽霊を見たことがございます。あれは、私が小学校にあがって間もなくのことでございますから、どうせ幻燈のようにとろんと霞んでいるに違いございませぬ。いいえ、でも、その青蚊帳《あおがや》に写した幻燈のような、ぼやけた思い出が奇妙にも私には年一年と愈々《いよいよ》はっきりして参るような気がするのでございます。
 なんでも姉様がお婿をとって、あ、ちょうどその晩のことでございます。御祝言の晩のことでございました。芸者衆がたくさん私の家に来て居りまして、ひとりのお綺麗《きれい》な半玉さんに紋附の綻《ほころ》びを縫って貰ったりしましたのを覚えて居りますし、父様が離座敷《はなれ》の真暗な廊下で脊のお高い芸者衆とお相撲《すもう》をお取りになっていらっしゃったのもあの晩のことでございました。父様はその翌年お歿《な》くなりになられ、今では私の家の客間の壁の大きな御写真のなかに、おはいりになって居られるのでございますが、私はこの御写真を見るたびごとに、あの晩のお相撲のことを必ず思い出すのでございます。私の父様は、弱い人をいじめるようなことは決してなさらないお方でございましたから、あのお相撲も、きっと芸者衆が
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