ながら、電車みちをこえてこっちへ来た。女の子に縄張りのことで言いがかりをつけたのだった。女の子は三度もお辞儀をした。松葉杖の乞食は、まっくろい口鬚《くちひげ》を噛みしめながら思案したのである。
「きょう切りだぞ」
 とひくく言って、また霧のなかへ吸いこまれていった。
 女の子は、間もなく帰り仕度をはじめた。花束をゆすぶって見た。花屋から屑花《くずはな》を払いさげてもらって、こうして売りに出てから、もう三日も経っているのであるから花はいい加減にしおれていた。重そうにうなだれた花が、ゆすぶられる度毎に、みんなあたまを顫《ふる》わせた。
 それをそっと小わきにかかえ、ちかくの支那蕎麦《しなそば》の屋台へ、寒そうに肩をすぼめながらはいって行った。
 三晩つづけてここで雲呑《ワンタン》を食べるのである。そこのあるじは、支那のひとであって、女の子を一人並の客として取扱った。彼女にはそれが嬉しかったのである。
 あるじは、雲呑《ワンタン》の皮を巻きながら尋ねた。
「売レマシタカ」
 眼をまるくして答えた。
「イイエ。……カエリマス」
 この言葉が、あるじの胸を打った。帰国するのだ。きっとそうだ、と美
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