いやなひと、にやにや笑いなんかしてさ、知っていますよ、節ちゃんさ、兄ちゃんにはね、あたしと節ちゃんと二人の女性しか無いのさ、なにせ丙種だから、どこへ行ったって、もてやしませんよ、そうでしょう? それだのに、意味ありげに、にやにや笑って、いかにも他にかくれたる女性でもあるような振りして、わあい、見破られた、ごめんね、怒った? 文学をやってるんですってね? むずかしい? お母さんがね、けさね、大失敗したのよ、そうしてみんなに軽蔑されたの、あのね、――」とめどが無いのである。
「貞子。」と姉は口をはさんだ。「私はお豆腐屋さんに寄って行くからね、あなた達さきに行ってよ。」
「豆腐屋?」貞子は少し口をとがらせて、「いいじゃないか。一緒に帰ろうよ。いいじゃないか。お豆腐なんて、無いにきまっているんだ。」
「いいえ。」律子は落ちついている。「けさ、たのんで置いたのよ。いま買って置かなければ、あしたのおみおつけの実《み》に困ってしまう。」
「商売、商売。」貞子は、あきらめたように合点合点した。「じゃ、あたし達だけ、先に行くわよ。」
「どうぞ。」律子は、わかれた。旅館には、いま、四、五人のお客が滞在して
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