律子と貞子
太宰治
−−
【テキスト中に現れる記号について】
《》:ルビ
(例)丙種《へいしゅ》
−−
大学生、三浦憲治君は、ことしの十二月に大学を卒業し、卒業と同時に故郷へ帰り、徴兵検査を受けた。極度の近視眼のため、丙種《へいしゅ》でした、恥ずかしい気がします、と私の家へ遊びに来て報告した。
「田舎の中学校の先生をします。結婚するかも知れません。」
「もう、きまっているのか。」
「ええ。中学校のほうは、きまっているのです。」
「結婚のほうは、自信無しか。極度の近視眼は結婚のほうにも差支えるか。」
「まさか。」三浦君は苦笑して、次のような羨やむべき艶聞《えんぶん》を語った。艶聞というものは、語るほうは楽しそうだが、聞くほうは、それほど楽しくないものである。私も我慢して聞いたのだから、読者も、しばらく我慢して聞いてやって下さい。
どっちにしたらいいか、迷っているというのである。姉と妹、一長一短で、どうも決心がつきません、というのだから贅沢《ぜいたく》な話だ。聞きたくもない話である。
三浦君の故郷は、甲府市である。甲府からバスに乗って御坂峠《みさかとうげ》を越え、河口湖の岸を通
次へ
全12ページ中1ページ目
小説の先頭へ
文字数選び直し
太宰 治 の一覧に戻る
作家の選択に戻る
◆作家・作品検索◆
トップページ
登録
ご利用方法
ログイン
携帯用掲示板レンタル
携帯キャッシング