悶悶日記
太宰治

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【テキスト中に現れる記号について】

《》:ルビ
(例)蛇《へび》
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 月 日。
 郵便受箱に、生きている蛇《へび》を投げ入れていった人がある。憤怒。日に二十度、わが家の郵便受箱を覗《のぞ》き込む売れない作家を、嘲《あざけ》っている人の為《な》せる仕業にちがいない。気色あしくなり、終日、臥床。

 月 日。
 苦悩を売物にするな、と知人よりの書簡あり。

 月 日。
 工合いわるし。血痰しきり。ふるさとへ告げやれども、信じて呉《く》れない様子である。
 庭の隅、桃の花が咲いた。

 月 日。
 百五十万の遺産があったという。いまは、いくらあるか、かいもく、知れず。八年前、除籍された。実兄の情に依《よ》り、きょうまで生きて来た。これから、どうする? 自分で生活費を稼ごうなど、ゆめにも思うたことなし。このままなら、死ぬるよりほかに路がない。この日、濁ったことをしたので、ざまを見ろ、文章のきたなさ下手《へた》くそ。
 檀一雄氏来訪。檀氏より四十円を借りる。

 月 日。
 短篇集「晩年」の校正。この短篇集でお仕舞いになるのではないかしらと、ふと思う。それにきま
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