いとま》なし。盲人一流の芸者として当然の事なれども、触覚鋭敏|精緻《せいち》にして、琉球時計という特殊の和蘭《オランダ》製の時計の掃除、修繕を探りながら自らやって楽しんでいた。若き頃より歯が悪く、方々より旅の入歯師来れどもなかなかよき師にめぐり合う事なく、遂に自分で小刀細工して入歯を作った。折紙細工に長じ、炬燵《こたつ》の中にて、弟子たちの習う琴の音を聴き正しつつ、鼠、雉《きじ》、蟹《かに》、法師、海老《えび》など、むずかしき形をこっそり紙折って作り、それがまた不思議なほどに実体によく似ていた。また、弘化二年、三十四歳の晩春、毛筆の帽被を割りたる破片を机上に精密に配列し以て家屋の設計図を製し、之によりて自分の住宅を造らせた。けれども、この家屋設計だけには、わずかに盲人らしき手落があった。ひどい暑がりにて、その住居も、風通しのよき事をのみ考えて設計せしが、光線の事までは考え及ばざりしものの如く、今に残れるその家には、暗き部屋幾つもありというのも哀れである。されど、之等《これら》は要するに皆かれの末技にして、真に欽慕《きんぼ》すべきは、かれの天稟《てんぴん》の楽才と、刻苦精進して夙《はや》
前へ 次へ
全23ページ中6ページ目


小説の先頭へ
文字数選び直し
太宰 治 の一覧に戻る
作家の選択に戻る
◆作家・作品検索◆
トップページ 登録 ご利用方法 ログイン
携帯用掲示板レンタル
携帯キャッシング