先生をきらって寄り附かない具合である。
 君は、君の腕時計を見て、時刻を報告した。十一時三十分まで、もう三時間くらいしか無い。僕は、君を吉祥寺のスタンドバアに引っぱって行く事を、断念しなければいけなかった。上野から吉祥寺まで、省線で一時間かかる。そうすると、往復だけで既に二時間を費消する事になる。あと一時間。それも落着きの無い、絶えず時計ばかり気にしていなければならぬ一時間である。意味無い、と僕はあきらめた。
「公園でも散歩するか。」泣きべそを掻《か》くような気持であった。
 僕は今でもそうだが、こんな時には、お祭りに連れて行かれず、家にひとり残された子供みたいな、天をうらみ、地をのろうような、どうにもかなわない淋《さび》しさに襲われるのだ。わが身の不幸、などという大袈裟《おおげさ》な芝居がかった言葉を、冗談でなく思い浮べたりするのである。しかし、君は平気で、
「まいりましょう。」と言う。
 僕は君に軍刀を手渡し、
「どうもこの紐《ひも》は趣味が悪いね。」と言った。軍刀の紫の袋には、真赤な太い人絹の紐がぐるぐる巻きつけられ、そうして、その紐の端には御ていねいに大きい総《ふさ》などが附け
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