られてある。
「先生には、まだ色気があるんですね。恥かしかったですか?」
「すこし、恥かしかった。」
「そんなに見栄坊《みえぼう》では、兵隊になれませんよ。」
僕たちは駅から出て上野公園に向った。
「兵隊だって見栄坊さ。趣味のきわめて悪い見栄坊さ。」
帝国主義の侵略とか何とかいう理由からでなくとも、僕は本能的に、或《ある》いは肉体的に兵隊がきらいであった。或る友人から「服役中は留守宅の世話|云々《うんぬん》」という手紙をもらい、その「服役」という言葉が、懲役《ちょうえき》にでも服しているような陰惨な感じがして、これは「服務中」の間違いではなかろうかと思って、ひとに尋ねてみたが、やはりそれは「服役」というのが正しい言い習わしになっていると聞かされ、うんざりした事がある。
「酒を飲みたいね。」と僕は、公園の石段を登りながら、低くひとりごとのように言った。
「それも、悪い趣味でしょう。」
「しかし、少くとも、見栄ではない。見栄で酒を飲む人なんか無い。」
僕は公園の南洲の銅像の近くの茶店にはいって、酒は無いかと聞いてみた。有る筈《はず》はない。お酒どころか、その頃の日本の飲食店には、既に
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