かけている者は、ほとんど無かった。和服の着流しでコンクリートのたたきに蹲《うずくま》っていると、裾《すそ》のほうから冷気が這《は》いあがって来て、ぞくぞく寒く、やりきれなかった。午前九時近くなって、君たちの汽車が着いた。君は、ひとりで無かった。これは僕の所謂《いわゆる》「賢察」も及ばぬところであった。
ざッざッざッという軍靴の響きと共に、君たち幹部候補生二百名くらいが四列縦隊で改札口へやって来た。僕は改札口の傍で爪先《つまさ》き立ち、君を捜した。君が僕を見つけたのと、僕が君を見つけたのと、ほとんど同時くらいであったようだ。
「や。」
「や。」
という具合になり、君は軍律もクソもあるものか、とばかりに列から抜けて、僕のほうに走り寄り、
「お待たせしまスた。どうスても、逢いたくてあったのでね。」と言った。
僕は君がしばらく故郷の部隊にいるうちに、ひどく東北|訛《なま》りの強くなったのに驚き、かつは呆《あき》れた。
ざッざッざッと列は僕の眼前を通過する。君はその列にはまるで無関心のように、やたらにしゃべる。それは君が、僕に逢ったらまずどのような事を言って君自身の進歩をみとめさせてやろ
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