言いながら、やっと半合か一合の酒にありつけるという有様であった。けれども僕には、吉祥寺《きちじょうじ》に一軒、親しくしているスタンドバアがあって、すこしは無理もきくので、実はその前日そこのおばさんに、「僕の親友がこんど戦地へ行く事になったらしく、あしたの朝早く上野へ着いて、それから何時間の余裕があるかわからないけれども、とにかくここへ連れて来るつもりだから、お酒とそれから何か温かいたべものを用意して置いてくれ、たのむ!」と言って、承諾《しょうだく》させた。
君と逢《あ》ったらすぐに、ものも言わずに、その吉祥寺のスタンドに引っぱって行くつもりでいたのだが、しかし、君の汽車は、ずいぶん遅れた。三時間も遅れた。僕は改札口のところで、トンビの両袖《りょうそで》を重ねてしゃがみ、君を待っていたのだが、内心、気が気でなかった。君の汽車が一時間おくれると、一時間だけ君と飲む時間が少くなるわけである。それが三時間以上も遅れたのだから、実に非常な打撃である。それにどうも、ひどく寒い。そのころ東京では、まだ空襲は無かったが、しかし既に防空服装というものが流行していて、僕のように和服の着流しにトンビをひっ
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