すし、富士のことでもお聞きしなければ、わるいと思つて。」
をかしな娘さんだと思つた。
甲府から帰つて来ると、やはり、呼吸ができないくらゐにひどく肩が凝《こ》つてゐるのを覚えた。
「いいねえ、をばさん。やつぱし御坂は、いいよ。自分のうちに帰つて来たやうな気さへするのだ。」
夕食後、おかみさんと、娘さんと、交る交る、私の肩をたたいてくれる。おかみさんの拳《こぶし》は固く、鋭い。娘さんのこぶしは柔かく、あまり効きめがない。もつと強く、もつと強くと私に言はれて、娘さんは薪《まき》を持ち出し、それでもつて私の肩をとんとん叩いた。それ程にしてもらはなければ、肩の凝りがとれないほど、私は甲府で緊張し、一心に努めたのである。
甲府へ行つて来て、二、三日、流石《さすが》に私はぼんやりして、仕事する気も起らず、机のまへに坐つて、とりとめのない楽書をしながら、バットを七箱も八箱も吸ひ、また寝ころんで、金剛石も磨かずば、といふ唱歌を、繰り返し繰り返し歌つてみたりしてゐるばかりで、小説は、一枚も書きすすめることができなかつた。
「お客さん。甲府へ行つたら、わるくなつたわね。」
朝、私が机に頬杖つき、目
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