また度に適して主客共に清雅の和楽を尽すものは、じつに茶道に如《し》くはなかるべしと被存候。往昔、兵馬|倥※[#「にんべん+總のつくり」、389−10]《こうそう》武門勇を競い、風流まったく廃せられし時と雖も、ひとり茶道のみは残りて存し、よく英雄の心をやわらげ、昨日は仇讐《きゅうしゅう》相視るの間も茶道の徳に依《よ》りて今日は兄弟相親むの交りを致せしもの少しとせずとやら聞及申候。まことに茶道は最も遜譲《そんじょう》の徳を貴び、かつは豪奢の風を制するを以《もっ》て、いやしくもこの道を解すれば、おのれを慎んで人に驕《おご》らず永く朋友の交誼を保たしめ、また酒色に耽《ふけ》りて一身を誤り一家を破るの憂いも無く、このゆえに月卿雲客《げっけいうんかく》または武将の志高き者は挙《こぞ》ってこの道を学びし形跡は、ものの本に於いていちじるしく明白に御座候。
そもそも茶道は、遠く鎌倉幕府のはじめに当り五山の僧支那より伝来せしめたりとは定説に近く、また足利氏の初世、京都に於いて佐々木道誉等、大小の侯伯を集めて茶の会を開きし事は伝記にも見えたる所なれども、これらは奇物名品をつらね、珍味|佳肴《かこう》を供し
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