海に沿った雪道を、私はゴム長靴で、小川君はきゅっきゅっと鳴る赤皮の短靴で、ぶらぶら歩きながら、
「軍隊では、ずいぶん殴《なぐ》られましてね。」
「そりゃ、そうだろう。僕だって君を、殴ってやろうかと思う事があるんだもの。」
「小生意気に見えるんでしょうかね。しかし、軍隊は無茶苦茶ですよ。僕はこんど軍隊からかえって来て、鴎外《おうがい》全集をひらいてみて、鴎外の軍服を着ている写真を見たら、もういやになって、全集をみな叩《たた》き売ってしまいました。鴎外が、いやになっちゃいました。死んでも読むまいと思いました。あんな、軍服なんかを着ているんですからね。」
「そんなにいやなら、君だって、着て歩かなけやいいじゃないか。身をやつすもクソも無い。」
「あまり、いやだから着て歩くのです。先生には、わからないでしょうね。とにかく旅行は、屈辱の多いものでしょう? 軍服はそんな屈辱には、もって来いのものなんだから、だから、それだから、わからねえかなあ、作家訪問なんてのも一種の屈辱ですからねえ。いや、屈辱の大関《おおぜき》くらいのところだ。」
「そんな生意気な事を言うから、殴られるんだよ。」
「そうかなあ、
前へ 次へ
全16ページ中6ページ目


小説の先頭へ
文字数選び直し
太宰 治 の一覧に戻る
作家の選択に戻る
◆作家・作品検索◆
トップページ 登録 ご利用方法 ログイン
携帯用掲示板レンタル
携帯キャッシング