?」
「よく学び、よく遊べ、というやつか。その着想は、しかし、わるくないね。」
「そんなら、僕の家へ、何の意味も無く、遊びに来てくれてもいいじゃありませんか。きたない家ですけれども、浜からあがりたての、おいしいおさかなだけは保証します。」
 私は行く事にした。
 私の疎開していた町から、汽車で三、四時間、或る港町の駅に降りると、小川新太郎君は、りゅうとした背広服姿で、迎えに来ていた。
「君は、こんないい洋服を持っているくせに、僕の家へ来る時には、なぜあんな、よごれた軍服みたいなものを着て来るのかね。」
「わざと身をやつして行くのです。水戸黄門でも、最明寺入道でも、旅行する時には、わざときたない身なりで出かけるでしょう? そうすると、旅がいっそう面白くなるのです。遊び上手《じょうず》は、身をやつすものです。」
 旧暦のお正月の頃で、港町の雪道は、何か浮き浮きした人の往き来で賑《にぎ》わっていた。曇《くも》っていた日であったが、割にあたたかで、雪道からほやほや湯気が立ち昇っている。
 すぐ右手に海が見える。冬の日本海は、どす黒く、どたりどたりと野暮《やぼ》ったく身悶《みもだ》えしている。

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