早く飛び起き、見ると枕元に、見馴れぬ着物が、きちんと畳まれて置かれてある。れいのセルである。そろそろ秋冷の季節である。洗って縫い直したものらしく、いくぶん小綺麗にはなっていたが、その布地の羊羹色と、縞の渋柿色とは、やはりまぎれもない。けれどもその朝は、仕事が気になって、衣服の事などめんどうくさく、何も言わずにさっさと着て朝ごはんも食べずに仕事をはじめた。昼すこし過ぎにやっと書き終えて、ほっとしていたところへ、実に久しぶりの友人が、ひょっこり訪ねて来た。ちょうどいいところであった。私は、その友人と一緒に、ごはんを食べ、よもやまの話をして、それから散歩に出たのである。家の近くの、井《い》の頭《かしら》公園の森にはいった時、私は、やっと自分の大変な姿に気が附いた。
「ああ、いけない。」と思わず呻《うめ》いた。「こりゃ、いけない。」立ちどまってしまった。
「どうしたのです。お腹《なか》でも――、」友人は心配そうに眉をひそめて、私の顔を見詰めた。
「いや、そうじゃないんだ。」私は苦笑して、「この着物は、へんじゃないかね。」
「そうですね。」友人は真面目に、「すこし派手なようですね。」
「十年前に
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